氷の上のさかな

氷の上にディスプレイされたさかなの様にセカンドライフをキラキラとさせる為に今を頑張ろうといったシュールなお話。

こちらからは見えぬ壁

障がい者が家族になった。

 

※障害者は害をもたらすものではないので「害」の字は使って欲しくない、といった多くの方々の考えから、自分もまた「がい」と平仮名表記するのですが、正直どちらでもいいです。なら使えよ、と言われればその通りなのですが、字面的に平仮名の方が優しいですもんね。

 

いちいち周りにそのことを説明する必要はないとは思ったのだが、付き合いのある主要人物、例えば上司であるとか、普段から仲の良い友人に知らせずにいた時のことを考えたときに、逆の立場にいたならば正しい答えなのかを考えた挙句それは無いだろうと決意し、先ずは上司にそのことを電話で伝えた。

 

彼は健常児の親だ。恐らく、障がいをもった者がいる家庭との付き合いなど無かったろう。すなわちこれが最初のこととなる。そうなれば当然、言葉の用意など出来ているはずもない。案の定、先ずは口ごもり、返ってきた答えは「そうか。なにか手伝えることがあれば言ってくれな」だった。

 

職場の近くでは偶然にも懇意にしている設計士の友人にバッタリと出くわした。彼は上司とも懇意にしていたので、どうやら先に知らされていたらしい。「その話は聞いた。大変かも知れないけれど、がんばって、としか言えん。ごめん」

 

当時、自分が店長を勤めていた飲食店の大家に出くわした時は酷かった。言われた言葉には無償に腹が立ちムキになって言い返してしまった。

 

「なんや?知恵遅れか?」

 

デリカシーに配慮せよ。そもそもデリカシーの言葉の意味を知っているかどうかも怪しいものだが、自分がその場に居合わせた第三者だったとしても「デリカシーに配慮しろ!」と彼に対して言ってやるべきだと思った。

 

「知恵遅れじゃないですよ!個性です!」

 

苦し紛れではあったがそう反論するのが精一杯だった。もう、心は泣きじゃくっていた。誰ひとりとして「おめでとう」の言葉を掛けてくれないのは、やはり娘は生まれてきてはいけない存在だったのかとつくづく考えさせられた。

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1歳