真夜中のストレンジャー
「昨日の夜中、騒がしくなかった?」
「そうそう、それ聞こうと思ってたんだよ」
真夜中に家中に響き渡る大きな声で悲鳴が聞こえた。悲鳴とはいっても「きゃー」などという可愛いものではない。「どゎー」とか「ぎょえー」といった女の太い悲鳴だ。時刻は深夜の2時を回った頃だった。
「で、なにがあったんだ?」
と娘2号に尋ねたところ、
「私らが寝とったら、夜中にお兄ちゃんが部屋に来て『おかぁ、なんかおる』って」
ここから先は仕事から帰宅した坊主と嫁の話。
「昨日、夜中に帰ってきて歯を磨こうとしたら、風呂場から何かが飛び出して足元をすり抜けて逃げてったもんでさ、ほんで『おかぁ、なんかおる』って」
「ほんで、私が『なにっ?』って起きて見に行ったら家の中におったんやて」
その正体は猫だった。どうやって家の中に入り込んだのか理由はわからない。外へ通じる戸を開けていた時に、気が付かぬまま入り込まれた説が有力だ。その瞬間がいつだったかはわからないが、ひょっとしたら長い間どこかで身を潜めていたのかも知れない。
「そしたら、おかぁが台所から箒を持ってきて「わーわー」言いながら叩こうとするんやけど、箒が届かん距離でバタバタやってるだけで全然当たらんくて」
「だって、猫怖いんやもん。ほんと苦手なんやて。前に一度『ふーっ!』ってやられてからもう、怖くて怖くて」
「で、箒もってずーっと追いかけっこしとったやけど、そんなん玄関の戸を開けてすればいいんじゃね?」
「え?閉めたまま追いかけっこしてたのか?」
と自分。
「うん」
「アホじゃねぇの?」
「だって気が動転してたからそこまで気が回らんかったんやもん」
坊主に向き直り、
「で、お前は何をしてたんだ?」
「ん?見とった」
「つーか、気がついてんのなら自分が玄関の戸を開けてやればいいのに」
「だって、面白かったんやもん」
「あのな、真夜中にあんな大声でぎゃーぎゃーやられたらこっちが迷惑じゃ。もう、あれから寝られなくなったゎ。近所に騒ぎを聞かれて通報でもされたら大事(おおごと)だろ」
「ただ、あんな追い出しかたしたらもう二度と来んやろな。その場で『よーし、よーし』って手懐けて、抱っこして外に出してやれば良かったんや」
「そう思ってたんなら自分がやれよ」
「いや、その前にあれだけ悲鳴を上げられたら手遅れだゎ」
「確かに。でも、もし次回があったらその時はオレを起こせな」
「わかった」