つげ義春「無能の人」を地で行くおじさん@谷汲山「フラワーボックス」
危険と隣合わせ、ただ楽しい雪山登山だった、ということにしておこう。水を忘れ山頂でのカップ麺ランチが堪能出来なかったので、下山した時には既に飢餓状態に陥っていた。しかしながらオミクロンの所為だろう、如何に人の集まる谷汲山とてウィルスには勝てぬとみて参道には閑古鳥が鳴いていた。よって、開いている店も少なく選ぶ余地がない。
ただその中でひとつ面白い店を発見した。暖簾にはそば処と書いてあるのに壁にはくどい程に「どて煮」の文字が。そして「うどん、そば350円」の札が掲げられていた。
表にベンチが並べられていたのでテイクアウトシステムなのだろうか?店を覗くとひとりの男性が椅子に座ってうたた寝をしている。
「すみません」
ふっと我に返った様に此方に振り向く男性。
「あの、中にも食事が出来るスペースがあるんですか?」
「あー、はいはい、奥にありますよ。案内します」
と分厚いカーテンで間仕切りされたいわゆる「奥の部屋」に案内してもらった。
然しながら店というよりはむしろ掘っ立て小屋に近い。そば処というからには蕎麦が売り物なのだろう。迷わず蕎麦を注文した。
「これ、この店ね、僕が自分で作ったんだよ。ホームセンターで材料を買ってきてね」
「ホントですか?!凄いですね!」
さっきまで居眠りをしていた人とは思えない程によくしゃべる人だということが判明した。蕎麦は大丈夫だろうか?と心配していたら、思い出したように厨房に戻り温かい蕎麦がやっとお出ましだ。
一口すする。うん、やっぱりのびてる。つゆはどうだ?うん、ぬるい!お世辞にも美味しいとは言えなかったが、店主の話は面白かった。結局、蕎麦をすすっている間中、ずーっと話をしていた。
「どう?美味しい?」
「はい、美味しいです」
「うちは豚汁も自慢なんやゎ。正月からずーっと煮込んどるや。食べてみる?」
「いえ、もうお腹いっぱいです。ありがとうございます」
さぁ、帰ろうかと腰を上げると、まぁまぁと押し止められ、
「実は本業は石屋なんやわ」
と一度掴んだ話し相手だ。けして逃さぬぞといった具合にマシンガントークをその後も繰り広げられる。この地方は「菊花石」の産地として有名だ。その「菊花石」について採掘場所やどの様にして菊花石が作られたかなど事細かにご教授してくれた。なんでも山が噴火する際に、岩石の内部にある石灰岩が弾けて花の文様を表すに至るらしい。昭和の石ブームの際には採掘場に向かうダンプカーがひっきりなしだったと。
「へー、そうやって花の文様が出来るんですね。だからフラワーボックスなんですか?」
「いや、ここは以前、花屋さんやったんや。でもご高齢でやめたいって言うもんで石仲間に誰かおらんか?って相談されたもんで、じゃ、僕がやりますって。で、富有柿とぶどうの販売は権利を譲ってもらって花屋、といっても盆栽を売っとったんやけどね、ははは、全部、枯らかしてまって」
「ほんで、本業の石屋一本でやろうと思ったんやけど、これがまた売れんのやわ」
「だからうどんとか蕎麦とか売ったろうかと思ったんやけど、コロナでお客さんが全然来んくてね」
う~ん、単にコロナの所為だけとは言い難いが、バイタリティは人一倍ある様だ。
「名刺渡しとくで宣伝しておいて」
「はい。わかりました」
といったわけで、もし谷汲山に行く機会があったら是非寄ってあげて下さい。話はめっちゃ面白いよ。
今ならご主人手作りのレモンがタダでもらえるし。なんでも皮ごと食べられるらしい。