氷の上のさかな

氷の上にディスプレイされたさかなの様にセカンドライフをキラキラとさせる為に今を頑張ろうといったシュールなお話。

覚悟。父親になったとき。

翌日も、その翌日も取り敢えずは一人でNICU(新生児特定集中治療室)に足を運んだ。別に行きたくて行っていたわけではない。家内に対する父親としての体裁を保つためと、三日目からは搾乳した乳を運ぶためだった。

 

授乳の都度、看護師の手から哺乳瓶で乳が与えられる。その時が唯一カプセルから出される時だ。赤ちゃん抱っこをされながら哺乳瓶用ちくびを咥え口をむにゅむにゅと動かしている。その光景を眺めながら「あぁ、まだ生きているんだ」と落胆することもあった。

 

何度目かの授乳の時も、同じく看護師から哺乳瓶で乳が与えられているのをただ無言で眺めていた。

 

「お父さんもやってみますか?」

まさかの問いかけだったが嫌とは言えない。

「えっ、いいんですか?」

と答えるのが精一杯だった。

 

ちいさい。おまけに軽い。そんな「もの」が普通に呼吸をし乳を飲んでいる。

 

「あ、可愛い!エクボが出来るんですね!やっぱりお父さんだと嬉しいのかな?」

「ホントだ…。」

エクボは赤ん坊の時にすでに現れる、つまり先天的に現れるものなのだとそのとき初めて知った。

 

それを見て心の中でなにか揺さぶられるものがあったのだろう。堰を切った様に両の目から涙がこぼれた。それは次第に滝の様になりとめどなく流れ落ちる。が、拭おうにも両手がふさがっている。

「ありがとうございます」

看護師に深く感謝した。自分の中で何かが変わった瞬間だ。

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本人出演です(笑)