「親父、浣腸もってねぇ?」
「か、浣腸?」
そう訊かれて
「あー、持ってるぞ」
と軽々しく答えられるほど自分が浣腸を常備しているとでも思っているのだろうか?そもそも浣腸が必ずある家庭などそうそうないだろう。
「ねぇよ。どうした?」
「腹が痛ぇ」
「胃か?腸か?」
「ヘソの辺り」
と言いながらも腰をくの字に曲げ相当に辛そうだ。
「医者へ行けよ。運転出来るか?」
「どうやろ、わからん」
「連れて行ってやろうか?」
「悪い。頼む」
金の無心以外、そうそう親に頼ることなどない奴だ。それに歩くのにも困難を来している。取り敢えず最寄りの総合病院へ向かった。車の中でも息絶え絶えに唸っている。自分もかつて腸閉塞をやった時に相当な痛みと戦ったことがある。ただ、その時は39度を超える高熱を発したが、どうやら熱は無さそうだ。
病院に着くと看護師に体温計を渡される。
「あら、37度8分あるわね」
おや、発熱しちゃったよ。
「辛かったらベッドで横になる?」
中々、気遣いが出来る方だ。
「いや、縦になっても横になっても同じなんで」
「歩ける?」
「いや、辛いっす」
「車いす持ってくるわね」
診察が終わると
「お父さん、先生がお話があるそうです」
と看護師が呼びに来た。おいおい、変なことを言われるんじゃないかとドキドキしながら診察室へ向かう。
「痛みが始まったのは何時ごろですか?」
「4時ごろだと聞いています」
「実はですね、僕は内科医なんですが、消化器が専門じゃないんです」
「はぁ」
「だから、大学病院か市民病院へ行ってもらいましょうか。ちょっと連絡してみますね」
内科医だけど消化器が専門じゃない??我々医療素人にはそう説明されてもよくわからない。とはいえ、専門医に診てもらった方が良いというのならばそうしましょう。
「市民病院が受け入れ可能ということなので、救急車呼びましょうね」
「そうですか!それは助かります」
息子の辛さが少しでも早く緩和出来るのならばその方がよい。ところが救急車って中々来ないんだね。結局、救急車が来るまで15分も待たされたよ。痛みにもがいている者にとっては永遠の15分だったことだろう。
救急車が先導して自分が後をついていく。危うく救急車と一緒に赤信号をスルーするところだったぜ。
自分が市民病院に着いた頃には既に診察室に入った後だった。
待合室でおよそ2時間ほど待たされただろうか。やっと坊主が顔を出した。
「終わった」
「どうだ、痛みは」
「いや、まだ痛いけど『どこもおかしくない』って言われた」
「なんだそれ」
「たぶん『糞詰まり』だろうって。で、痛み止めの点滴をしてもらったら多少は落ち着いた」
「俺はそれを知らずに2時間も待たされたのか」
とはいえ、命に関わる病でなくて本当に良かった。ただ油断は大敵だ。その昔、21のうら若きOLが便秘で死亡したという出来事があったしね。今後はこんなことが無いよう、一家に一本、浣腸を用意しておかないとね。