正しい腰の振り方
1人が好きと言い切る彼は最近、常連となった客だ。毎週、金曜日になるとふらりと現れる。身長が高くカウンターに座っていると両隣に比べ頭ひとつ抜けており、加えて年齢が若く1人で来ているという事が目立つのか、よく隣に絡まれる。ただ、絡まれる事も満更では無さそうなので、1人が好きと言いながらも本当の目的はそこにあるのかも知れない。
先日も隣に居合わせた、同じく1人で来店した熟女に絡まれていた。彼女は自分とも旧知の仲であり、知り合った先は当時、柳ヶ瀬にあったクラブだ。クラブとはいえホステスがいるナイトクラブではなく、ダンスを楽しむ「ブ」にアクセントを置いた方のクラブだ。
「先日の方はお元気ですか?」
「先日の方って、ああ、オレの友達の?」
「はい、隣に座られた女性です」
「女性というか熟女ね」
「はい、その熟女です」
「なに、気になるの?」
「いえ、いい感じの人だったなと思い」
「ちょっと、彼女は人妻だよ」
「いや、わかってますけど、なんかさっぱりした感じの人で」
「確かにさっぱりはしてるね。でもさ、彼女の趣味を聞いたらドン引きするかも知れないよ」
「なんすか、それ?」
「もう、アレが大好きでさ、四六時中と言ってもいいくらい腰振ってんだよ」
「腰…ですか?」
「そう、付き合わされる方もたまったもんじゃ無いよね」
「ごめんなさい。僕はまだそういうのはよくわかんなくて」
「だろうね。それほど経験があるには見えないし。ま、でも次回、彼女に会うことがあったら伝えておいてあげるよ」
「あくまでも性格の話ですからね」
面白かったから誤解をさせたままにしておいた。踊ることと海老が好きな彼女はフリチャチャやベリーダンスの名手だ。SNSにもダンスシーンを動画付きでアップしたりしている。ゆえに年がら年中、腰を振っているイメージがある。もう、腰振りクイーンと呼んでも過言は無かろう。
一方、彼の趣味は石を集めることだとか。その彼女と出会った時もその日に購入した石を嬉しそうにお披露目していた。
「購入したって事は、『買った』って事?」
当たり前の事だがつい聞きたくなる。
「はい」
「それで幾らくらいするの、それ」
「50,000円です」
「マジで⁉︎」
「はい」
人に様々な趣味がある事を否定はしないが、1人が好きと言い切る彼は必然的に自分を1人に追いやっている気がしてならない。次代を担う若者がこんな事では勿体ない。少子化を憂うだけでなく、正しい腰の振り方を教えてあげる事も政治家の責務ではなかろうか。