サンバでもボサノヴァでもなく河島英五な珈琲屋@「ブラジル」
「えぇ~、いってい『ブラジル』ってぇのはどんな汁だい?」
「そりゃ、おめえさん、『なんべえ』でも飲めるってもんさね」
お後がよろしいようで。
いきなり巻末から始まる巻頭文はここまでです。
というわけで、此度は日本の裏側「ブラジル」に足を運びコーヒーを頂いてまいった。例によって例のごとく、持病の潰瘍性大腸炎の定期検診までの時間つぶしだ。「の」が三つ。
予てよりそこに存在していたことは知ってはいたのだが、職場から自宅との反対方向にあったが為に自宅への道中すがらというわけにもいかず、タイミングがなかったがやっと行ける機会に恵まれたわけだ。店名からして拘りのコーヒーを提供してくれる喫茶店と想像出来る。
しかし実に趣のある門構えだ。なかなか意図して出来るものじゃないよね。
長く、歴史が為せるこのわざに「始めるのは簡単、続けることこそ難しい」と孔子が言ったかどうか定かではない言葉がリフレインされる。自分が吐く言葉にはほぼ信憑性も含蓄もないので真に受けない様に。
意を決してドアを開ける。正直、店主がリオのカーニバルみたいな格好で出てきたらどうしよう、なんて期待とも思しき想像をしていたのだが、至って普通で初老のママさんだった。そして、やはり思った通り昭和喫茶にはマストな赤のビロードソファだ。
その見た目だけでも落ち着くのに、輪をかけて妙に落ち着くなにかがある。なんだ、いったい?
わかった、BGMだ。「ブラジル」だからてっきりサンバかボサノヴァでも流れているかと思いきや、なんと酒と泪と男と女の河島英五が熱唱しているじゃあーりませんか。これだよね、この無頓着さが居心地よくていいんだよ。
モーニングサービスは過剰すぎず不足過ぎずでちょうどよい量にメニュー構成だ。
茶碗蒸しがやけに美味い。時間もあまり余裕がないので、約20分程の滞在で席を立つとレジへと向かう。
「ごちそうさま。お幾らですか?」
「はい、ありがとうございます。300円です」
「300円?!安っ!タダみたいなもんじゃないですか」
「タダではやってけんでちゃんと置いてってね」
そこでお決まりの質問を浴びせる。
「以前から気にはなっていたんですが、何年くらいやってらっしゃるんですか?」
「45年になるのよ」
「へぇ~、やっぱり年季が入ってますね。しかしBGMがいいですねぇ。有線ですか?」
「違うのよ。あそこのCDプレイヤーで流してるの」
「河島英五ですよね?お好きなんですか?」
「違うの。お客さんがこれ掛けてくれって置いていくの」
見るとスピーカーを塞ぐように20枚ほどのCDが置いてある。
「これ、全部お客さんが?」
「うん、そうよ」
「また、寄ってらしてね」
すれ違いに入ってきた客の背中越しにそう送り出されると軽く会釈をして店を出る。いやぁ~,昭和喫茶って本当にいいもんですね。それではまたお目にかかりたいと思います。