髪が切りたいから髪を切りに行っただけなんだ、オレは。
別に年末だからといって髪を切ったわけではない。たまたま髪を切りたかった時が年末だっただけだ。しかし年末というだけで何故人は群れたがるのだろうか?ガソリンスタンド然り。エンプティランプに灯が点ったのもたまたま昨日がそうだっただけだ。致し方なくガソリンスタンドに寄ると、おびただしい数の車が給油のために列を為していた。
オレは致し方ないけど、お前ら全員、致し方ないのかよ!…と声を大にして叫びたい衝動をなんとか抑え、馬鹿みたいに列に並ばされることになった。寒波到来で確実とされた積雪情報も出ているというのに、アホみたいに車洗ってる奴もいるし。きっと洗車が目的ではなく、車を洗うことが趣味なのだろう。
悔しかったら晴天の予報を覆す洗車をしてみろってんでい!年内に洗車の予定はもう無いので、とうとう洗車時の降水確率100%の大記録を達成させてしまった。応援ありがとう!
で、床屋だ。
もらった順番札はラッキー「10」だった。
なんの変哲もない「10」という数字もラッキーを付けることによってハッピーな数字に見えるから不思議だ。見えへんっちゅーの。まさに今先ほど呼ばれた数字は「2」番だった。ということは、自分の前に7人も敵がいるということになる。
「ひとり15分で見積もっても1時間35分待ちか…」
大胆な独り言に他の待ち客が
「オレ、やっぱり出直してくるわ」
と言い出すのを淡く期待していたのだが、皆さん耳が悪いのか席を立つ者は唯のひとりも居なかった。
やっと順番が回ってきたのはきっかり1時間35分後だった。
「お久しぶりです」
といつもの店長が挨拶をする。
「お久しぶり。ごめん、二回ほど浮気してた」
ここは下手に取り繕うよりも正直に打ち明けた方がよいだろうと思い、正直に打ち明けたのだが、考えてみたら何故、正直に打ち明けなければならないのかの理由が無い上に、正直に打ち明けたからといって此方側にはなんらメリットがないことに気がついたのは正直に打ち明けた後だった。
案の定、「あぁ、そうですか」の一言で終わった。
「しかし、新年を迎えるからといってわざわざ髪を切りにくる必要なんてあるのかねぇ」
自分以外の人間にとって此処に来た理由は100%そんなところだろう。
「さっぱりとして新年を迎えたいというのは昔から日本人特有の慣わしなんじゃないですか?」
「気持ちはわからんでもないけど、こっちは大晦日も元日も仕事だからね」
すっかりと世の庶民の方々が普通に考えることや感じることに麻痺してしまっている。
「確かに子どもの頃は新しいパンツで新年を迎えるってのが普通だったからなぁ。女子もそうだったんだろうか?」
「なんですか、それ。そんな話は聞いたことがありませんよ」
「え、そうなの?俺たちの時代は普通を通り越して当たり前だったよ」
ふとそれが本当に当たり前だったのか、それとも我が家だけのルールだったのかを言ってしまった後で疑問に思ったのだが、確認しようにも父親も母親も鬼籍に入ってしまっているので確認も出来ず、よって知る由もないことは知る由もない。